3月29日に息子を見送って、午後から耳鼻科へ向かったことは書いた。
何故かって、最初の女医さんの時にもらった副鼻腔炎に効くという漢方は腹痛を起こして止めていた。
諦めムードで過ごしていたが、頭重、全身倦怠感、微熱が治らず、QOLの低さに原因を突き止めたくて。
そして、院長の男性医師に診てもらいたい旨を受付に告げた。
男性医師に診てもらって、抗生物質のジェニナック、ムコダイン、点鼻薬を1週間。
やはり、あれらの不調の原因はすべて「副鼻腔炎」によるものだったことがわかった!
それくらい、左鼻の横、顎の痛みもなくなり、微熱、倦怠感、頭重もなくなったのだ。
副鼻腔炎を侮っていた。ここまで全身症状が出るなんて、軽くみてはいけない病気なんだ。
私には、抗生物質が必須なんだな~。細菌にメチャ弱い身体・・
それで、「一週間後にまた来院を」ということで4月5日にまた再々受診をしたのだ。
「おかげさまで、ほぼ症状がなくなり、全身症状も軽快しました」と伝えた。
「それはよかった。左の鼻と眉間の辺りににも炎症の影がありましたから」と先生。
また念のためか、軽い抗生物質「クラリス」と「ムコソルバン」が2週間分出た。
再発しないように、3週間かけてじっくり治さないといけないほどの副鼻腔炎だったのだ。
そして、夫の同級生医師である耳鼻科先生は形成外科も標榜されている。
総合病院に勤務だった頃、息子が19歳、夜の駐車場のチェーンで転倒して顔から落ち、頬骨を骨折した。
その時最初に行った救急病院ではチタンで頬骨を接合する大掛かりな手術を提案された。
息子も怯え、私も怖くなり、セカンドオピニオンに総合病院のその耳鼻科医の意見を求めに行った。
その時先生は、3枚のレントゲンから「僕だったら手術はしない。若いから自然に繋がるのを待つ」と言われた。
ホッとした。息子と私は夫の同級生医師の意見に従い、今に至っている。
そのころは、まだ夫が亡くなってから7年くらいだったので、ご挨拶もし、お礼の言葉も述べた。
その後、総合病院を辞められて奥さまと開業されている。
5日は、私も体調が戻ったので話してもいいかと、同級生夫の妻だった女であることを打ち明けた。
そしたら「どうして先週おっしゃいませんでしたか?」と笑みを浮かべて言われた。
「いや、先週は調子も悪く、もう夫亡き後23年近くになりますし、歳で容貌もご覧のようになりましたから」と私もじもじ。
「実は僕も、高校は違いますが、夫君とは同じ宮崎出身なんですよ」と先生。
「ええ、先生も宮崎からですか?」などと話しを少しした。
形成外科医でもある先生の意見を聞きたくなって、LVAの手術をすることを言った。
が、LVAのことはご存知ないようだった。先生はあくまでも耳鼻科領域の形成外科医。
若い先生で、しかもいいリンパ管があるかもわからない状態での手術であることが不安だとも。
先生は「○○大学(自分たちの出身大学)でしょ。そりゃ、指導医がつきますから大丈夫ですよ」と言われた。
本当かな? どこまでも疑り深い私。それで、話しも診察も終わった。
先生は2週間後と言ったような気がするが、よく覚えていない。
息子に2週間後にまた行ったほうがいいかを尋ねたら、
「そりゃ、完治しました」報告に行ったほうがいいと言う。
先生は、すごく若い奥さんの女医さんで、再婚ではないかとか色々考えた(笑)
こんな衰えたシニアの容貌をさらし、もう言っちゃったから仕方ない。
今月は、歯科、眼科、更に耳鼻科と、首から上の器官での病院巡りが続くのだった。。。
拙い日記をお読みいただき有り難うございます。感謝ですm(__)m
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