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七草粥 週末料理をしながら実母のことを思う

即席七草粥 桜の花の塩漬け散らし

今日は7日、朝は七草粥を食べました。生協の即席七草をお粥にいれただけ。

無病息災とはいかなくても、一病息災でいたいものです。

今日の週末料理は、初めてのものに挑戦しました。

そして、料理をしながら、コロナ禍になってから一度も面会に行っていない実母のことを考えていました。

鶏むね肉のタンドリーチキン カラーピーマン添え

茹で物や和え物はいつもと変わらずのものばかり。

初挑戦のタンドリーチキン、生姜とニンニク、カレー粉、マヨネーズ、ケチャップ、ヨーグルトが合わさった絶妙な味に。

これは、食が進むかもしれません。K子叔母が送ってくれた「カーブス」のレシピです。

野菜がちょっと少ないけど、タンパク質は十分に摂れる内容です。

直径24センチの耐熱ガラス皿にこんなにできました。4人分くらいでしょうか。鶏むね肉500gです。

付け合わせはカラーピーマンの塩コショウ炒め。大きい赤、黄色を1個づつです。

これらを17センチ角のコンテナに入れて冷凍しますから、出来立てを食べさせられないのは残念。

作るのには時間がかかり、食べるのはあっという間というのが、料理の悲しいところ。

後片付けは、キッチンをリフォームしてからは、深型食洗器で大鍋も洗えるのでとても楽になりました。

今日は何故か、ずっと会っていない実母のことに思いを馳せる

お正月から食べ過ぎて、ちょうど七草粥で胃もたれを解消するにはいい時期なんですね。

いつもはお正月料理が好きではないので、お正月には少し痩せるのが定番でしたが…

今年は息子の帰省に合わせて、一緒に食べたので肥ってきました。

夏痩せしていたし、秋はお腹の不調で抜け毛も多かったので、今くらいがちょうどいいのかもしれません。

竹内まりやさんの曲を聴きながら料理をしていて、ふと考えたのは実母のこと。

「七草粥は施設で食べただろうか?」

実母は3月には90歳になります。骨粗鬆症だけで、大きな病気はありません。

2018年に右腕を骨折して、要支援2になってから1年後には妹夫婦が実家のあった町の介護付き老人ホームに入れました。

我がマンションの近くに来たいと言った母を拒んだ私は、わだかまりをかかえたままですが、仕方なかったのです。

母の言葉と態度が私のトラウマになったのは、2013年にさかのぼるのです。

2019年の秋、息子と一緒に会いに行くことにしていた時に「パニック発作」が起こり、行けなかったのでした。

息子だけが11月に行ってくれて、まだ売っていなかった実家に泊まらせられて、母の洋服の持出を手伝ったとか。

妹夫婦が買ったテレビ、冷蔵庫、洗濯機が小さかったらしく、息子にもう少し大きい冷蔵庫をねだったそうです。

しかし、服選びに時間がかかり、実際は家電店に行く時間はなかったとのこと。

「せっかく来てくれた1人しかいない孫に冷蔵庫をねだる祖母がいるかぁ!?」

K子叔母に話したら、私と同じように驚いていました。

K子叔母と話しをするようになった2020年お正月に色々と話しをして、実母の実態実像がわかった私たち

母に対する「違和感」の原因が氷解した瞬間でした。

お金は持っているのに、知らないはずの妹夫婦、私たちにたかるのです。

益々足が遠のきます。もう入所して3年以上経ちますが、一度も足が向きません。

「自分を美しく見せるもの」と「お金」にしか興味がない母親に私は心からガッカリして、身内でも縁を切りたい人になりました。

しかしながら、今日は「母はどうやって毎日を暮らしているんだろうか?」とチラリと思いを馳せました。

少し前に、K子叔母から「お母さんが少~し認知症の症状が出始めたらしい」と聞いていました。

私のことも忘れてしまう前に会いに行ったほうがいいのか?

また、ひどいことを言われて心に傷を負わないかを考えると躊躇します。

行く前に「パニック発作」が起こるのではないかとの不安もよぎります。

そうはいっても、この私の身体の半分は母のDNAでできているのですから、母の存在なしには私も存在しません。

できるだけ考えないようにしていた実母のことが、今日は重く心にのしかかりました。

私は「親不孝」だけど、母も実は「子不幸」をしてきたのです。

それでも切れないのは親子の縁。今年は一度は行ってみないといけないのかなぁと考え、気が重いです。

会っておけばよかったと後悔するでしょうか? 亡くなってからでは、もうどうすることもできませんからね。

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