未亡人で病気持ちでもおひとりさまを楽しく生きる!

「ボーナス」という懐かしい響き

日経新聞 6月22日

今年は大手企業のボーナスが大幅上昇!らしい

年金受給者には、なんとも素敵な響きのする「ボーナス」という言葉

年金は下がったのに、現役の大手企業のボーナスは大きく上昇するというニュース。

なんとも羨ましく、かつ、懐かしい、年に2回の期末手当の季節ですね。

大手企業だけは、そんなに業績が良くて、社員に還元できるお金があるということなんですね。

きっと、大手以外はそんなに大きな上昇はないのかもしれません。

息子は今は公務員ですが、いつ出ているのか話しもしません。

公務員が先に出て、その後民間企業だったような気がしますが・・

「ボーナス」に縁の薄い身としては、よく覚えていないのです。

21日のYahooトピックスにも、同じ記事が出ていました。

「ボーナス」という言葉に敏感なのは、自分が縁が薄かったから、「いいなぁ」という羨望の思い。

未亡人になった43歳からは、その響きに縁遠くなって、悲しかったのを覚えています。

現役のバリバリ働いている世代がボーナスをいただく、当然ですね

彼らは、子育て中だったり、家のローンがあったりと、今の経済活動の中心ですから。

一方、値上げのこんなニュースも。

ガソリンが値上がり、食糧の値上げが続いて、そして、外食が高くなっているそうです。

外食はあまりしなくなって、実感がわきませんが、食材の値上げはすごく感じます

ボーナスが上がっても、他がすべて「値上げ」では、プラマイゼロではないですか。

年金生活者に至っては、何を削るかを考えないといけない事態です。

食べる量を減らすのは、ダイエット中の方にはいいかもしれませんが。

私のような「機能性ディスペプシア」の人間は、吸収が悪いので、量を減らすことはできないかも。

即、免疫力の低下につながりそうで、量は減らせません😢元々少ないですから。

質を落とすのも、なんだか辛いですよね。

固定費の削減には頑張っているつもりですが。

スマホもドコモからUQモバイルへ。ヒョンビンのファンクラブも止めました

服は全く買っていません。そういえば、下着もくつしたもしばらく買っていないなぁ。

クリーニングではなく、家で洗える服を着るようにしています。

でも、止められないものも、NetflixやAmazon prime video日経新聞もこの歳ではなかなか。

フラワーアレンジメントは、前管理人Tさんの逝去を紛らすために4月から始めたばかり。

電気代も我慢してましたが、昨日からついにエアコン稼働。

マンションの管理費・修繕積立金も、もうすぐ値上がります。

介護保険料も段々と値上がりしますね。嗚呼。

年金生活者は、食費・医療費以外の何かを削って、工夫して生きろということでしょうね。

長生きも、日本にとっては重荷なんですね

そんな時代をシニアで生きるなんて思ってもいませんでした。

親ツバメより大きくなった雛たち まだいます 2軒目の巣

夫との結婚と「ボーナス」の思い出

夫がいた頃は、念願のサラリーマンと結婚したのだから、ボーナスは自然にいただけるものと。

父が経営者だったため、うちにはボーナスはありませんでした。

雇っている人がいる間は、ボーナスを出す側だったようです。

だから、お父さんにボーナスが出て、「楽しい思い出」などはなかったのです。

母が実質、経理を担当していたようなものでしたから、母は自分名義で貯金していたのでしょう。

だから、私の当時の夢は、「サラリーマンと結婚して家を出ること」でした。

落ちこぼれ大学生だった私は、大手には就職できず、大学病院の医療関係の情報室に採用されました。

1年契約の準公務員。ボーナスには縁がなかったのです。

3年くらい延長しているうちに、夫と知り合い、サラリーマン(勤務医)だとわかり結婚することに。

結婚したのは、夫28歳、私27歳。今思うと若かったのですねぇ

当時はやってた言葉「identity」(自分が自分であること)が確立したと思えたのが25歳

それまでは、自分が何者か、大人なのか、子どもなのか、自分がわかっていませんでした。

結婚なんて、到底できるような感覚はまるでなかったですね、25歳までは。

と、話が反れました。

結婚した時期は、夫は研究生という身分で、アルバイトで収入を得る生活でした。

残念ながら、「ボーナス」はなかったのでした。

「ボーナス」が出るようになったのは、外の病院に派遣されるようになってからです。

最初にいただいた「ボーナス」には、夫も私も大喜び

ちょうど息子が産まれた年でした。使うも何も、私は育児で大忙し。

夫も当時から忙しかったですねぇ、そういう上司にあたってしまったのです。

当時は、今のようにボーナスからは税金・社会保険料が引かれなかったので、よかったのです。

まるまる、本当に「ボーナス」でした。

私はほぼ金銭管理を任されていたのですが、生命保険料以外は全額貯金していました。

夫は、「僕の給料の半分は君のものだから、君の名義で半分は貯金したらいい」という人。

専業主婦でいてくれと言われた身では、当たり前だったかもしれませんが。

そういう情け深い言葉を聞くと、余計に自分名義での貯金は申し訳なく思ってできませんでした。

私も、頭のネジが出産と育児で吹っ飛んで、正常な判断ができてなかったようでした。

たまに、奮発して外食したことはありましたが、夫はフランス料理などのかしこまったお店は嫌いな人でした。

息子も連れていける居酒屋さんや、ファミレスが多かったです。

今で言う、お金の大学の両学長の仰る、「貯める力」は意外にありました

43歳で夫が急逝するまで、本当によく夫は仕事をしてくれて、「ボーナス」も貯金できました。

夫の「稼ぐ力」もありましたが、それは過重労働の上に乗っかっていただけなのでした。

アメリカから帰ってきてから、夫が亡くなるまでの8年間に、2000万円近い夫名義の貯金があったのです。

私の名義では、たったの200万円でした。

未亡人になってからは、「ボーナス」というお金からも、響きからも縁が一切なくなりましたが。

本当に短かった、15年8カ月の結婚生活。

一生懸命「夫のボーナス」を貯めながら頑張っていた、あの頃が懐かしくてたまりません

そんなにがむしゃらに稼がなくてもよかったから、細く長く稼ぎ続けてほしかったです。

上の写真は、1軒目のツバメの巣。昨日見たら、2回目の卵を温めているような親ツバメをキャッチ!

以前書いた「ツバメのその後」の学習から、ツバメは2回繁殖をして、去っていくようです。

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