私の入院している病院は、急性期ではなく長期療養型の病院だ。
階ごとに色々と区分けがある。
私のいる病棟は「地域包括ケア病棟」と言って、家に帰るまでの患者が入院する病棟。
その他の上階は「医療療養病棟」「障害者療養病棟」「緩和ケア病棟」とある。
緩和はその名の通り、亡くなるまで苦痛をとったり、安らかに逝くための病棟。
その他は、障害者以外は、ほとんどが「認知症」の患者さんのための病棟のようだ。
もちろん、私の病棟にも「認知症」の患者さんもおられる。
家族が疲れて、一時的に入院している場合が多いような感じ。(看護師さん由来)
私はここではまだ家での生活に戻れる可能性が大きい患者のようだ。
テレビ画面に向かって、ナースステーションの近くからテーブルまで
一斉に十数人がほとんど車椅子に座って、無言で前方を眺めておられる。
食事前は看護師さんにエプロンをかけてもらい、お粥食を食べる方も。
コップは蓋つき、ストローつきのもの。こぼすことに配慮済み。
私は母の介護を一切しておらず、認知症の身内をお世話したことがない。
父は胆のうがんで2014年に亡くなった。意識は最期までシッカリしていた。
ここに入院したのは、ある意味「認知症」を目の当たりにしなさいという
私の経験値を上げるものだったかもしれない。
今の85歳以降くらいの方々は、予期せぬ長生きをなさっている方々。
前例がなかったから、いつの間にか身体より頭が・・という方が多いのではないか。
私たち世代は、もう少し好奇心を持って何かに打ち込む、仕事を続けるなど
認知症を避ける工夫ができるようになるといいなぁ。
若い看護師さん、介護士さんたちは本当に忙しそうだ。
今日は日曜日で食事以外何もないから、本当に静かだ。
「人が死にゆく」ということを嫌でも考えさせられた。
「認知症」は自分がわからないのだから、自分はいいかもしれない。
すべてを他人に委ねて、段々と衰弱しながら旅立っていく。
しかし、若い方々にあれだけの迷惑をかけてしまうのはなんとも忍びない。
若い方々は将来の希望は持てるだろうか? お年寄りのお世話だけで・・
そういう私もすでに脚では迷惑をかけている。1日でも長く自分の脚で歩きたい。
そして、できれば父のようにがんで逝きたいと思った。
母のように認知症にはなりたくない。
ピンピンコロリとは本当によく言ったものだ。
できるだけ健康寿命を長くして、最期はがんで死期を待つ頭を持って逝きたい。
そう上手くいくことは稀かもしれないが、そうだったらいいな。
そう強く思わせられた、世の中の現実を見せられた入院生活。
明後日には一旦ここを退院する。それから大学病院に移り手術だ。
死にゆくまでのQOLを少しでも上げたいという手術。
贅沢な手術でもあるかもしれない。
今、心から思うのは、認知症になる前にがんで死ねたらいいなということだけ。
世間知らずの私、「現実を見よ」と顔を叩かれた気分になった。
拙い日記をお読みいただき有り難うございます。感謝いたしますm(__)m
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