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鴨長明 お1人さま時代の理想的な生き方? 災害文学

日経新聞8月26日 人生100年の羅針盤より

「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。
よどみにうかぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。
世の中にある人と棲(すみか)と、又かくの如し。」

という日本ではあまりにも有名な名文で始まる「方丈記」の著者の鴨長明

日経新聞の先月末の記事に目が留まりました。経済だけの新聞でもないのです。

「平家物語」とともに、日本人なら、この2作品から「無常感」を感じざるをえないのではないでしょうか。

特に鴨長明さんは、現代の「お1人さま」時代の理想的な生き方を示してくださっていますよね。

そして、究極の「ミニマリスト」の第一人者ではないでしょうか。

私がこんなブログで書く前にすでに多くの方が取り上げ、意見を述べられているのは知っています。

が、あえて、そんな鴨氏のことを私も少し考えてみました。

現代の「お1人さま」のお手本? 見事な人生のピリオド

あの冒頭の名文は、鴨氏が川の流れをボ~ッと眺めていた時に、思いつかれた一節だろうと思います。

読んだ日本人の耳から離れない、日本人の生活を川の流れに例えた名文中の名文です。

少ない言葉に、内容がギュッと凝縮してますね。駄文を書く私は、見習いたいものです。

鴨長明が生きた動乱の時代は、貴族が衰退し、武家勢力が台頭してきて、平氏が政権に就くものの、源平争乱の末に鎌倉幕府が誕生します。

そんな動乱の時代には、世の中の価値観が一変し、誰もが無常観を感じるようになったのでしょう。

裕福な家(下鴨神社)に生まれるも、父の死で閑職に追いやられた長明が、後にお1人さまになっていく過程には紆余曲折があったようです。

芸術に打ち込めるようになり、和歌集を出したり、琵琶や琴が弾け、自ら制作もしていたとか。

神社の破格の人事を準備されたにも関わらず、50歳で職場から失踪するなど、嫌なものは嫌というハッキリした性格だった模様です。

自分の心を優先させる長明は、出家後大原に。そこからまた田舎の山中に小さな組み立て式の庵を構えます。

4畳半から6畳くらいの一部屋に折り畳み式の琵琶と琴。そして、念仏と和歌と音楽に打ち興じる暮らし。

自由気ままに生きていると、病気も寄ってこないのでしょうか。時には、鎌倉まで旅をすることもあったそうです。

あの頃の家で、京都の寒さをどのようにして凌いでいたのか、台所があったとしたら、どんな作りだったのだろうと考えます。

61歳までに歌論、仏教説話集と随筆「方丈記」の3部作を書き上げ、翌年に、誰に看取られることもなく、山中の庵でひとり息を引き取ったそうです。

享年62歳。当時はまあまあの長生きだったのではないでしょうか。

なんとも見事な人生のピリオドの打ち方ですね。よく記録が残っているものだと感心もします。やはり一般庶民とは違ったのでしょう。

現代は中々ひとりで息を引き取ることが難しくなっています。病院で亡くなることが大半ですよね。

後で周りに迷惑をかけたらいけないと、早めに手を打って病院というのは仕方のないことでもあります。

いつも、詩人茨木のり子さんのことが頭に浮かびます。彼女もひとりで亡くなられていたのでした。

憧れはありますが、この前も「かかりつけ医」を見つけたことを書いた身、生への執着も残っているのでしょう。

それでも、現代の医療には寄りかかりながら、「最期はひとりで」というのは、お1人さまの理想です

3.11以来、「方丈記」は災害文学としても

東日本大震災の後、方丈記に再び注目が集まるようになったようです。

それは、「方丈記」が当時の災害を細かく描写した災害ルポルタージュとしての側面も持っていたからだそうです。

政治的な騒乱だけではなく、鴨長明が生きた時代は地震などの災害も襲っていました。

地震や火事、竜巻、飢饉などの災害に見舞われる様子を、細かに表現しているさまは、今でも科学的に評価が高いそうです。

例えば、現代語訳ですが、

「都の周りではあちこちの寺のお堂や塔が崩壊して、無事なものは一つもない。あるものは崩れ、あるものは倒れた。塵や灰が舞い上がって煙が立ち上っているようである。

大地が鳴り響き、家々がバリバリと崩壊していく音は、雷鳴が轟くゆな凄まじさだ。家の中にいれば押しつぶされそうになり、外へ逃げれば地面が割れ逃げ道をふさがれる。

羽がないので空を飛ぶこともできない。龍であれば雲に乗って逃げることも出来るのに。恐ろしいものの中でも、もっとも恐ろしいのは、他でもない地震であったとつくづく思った。」

当時は、このようなことを記録に残す人がおらず、また余裕もなかっただろうことが推測できます。

それだけに、余震のことまで記したこの方丈記が、現代でも見直されているのです。

そして、その後の人の様子まで記しているところが鴨氏のすごいところです

現代語訳

「人は皆、やるせない世の中を嘆いていくらかは煩悩も薄らぐようにも見えたが、地震から月日が経ち時が過ぎると、もう言葉にして口にする人さえいない。」

「災いの多い京中に大金をかけて住まいを作って、その為にいらぬ心配に神経をすり減らす、これほど馬鹿馬鹿しいことはない。だから私はそういうものに対していっさい価値を置かない。」

地震の後、歳月が過ぎるともうケロっとしているのが人間という現代にも通じる「人間観察力」

火事の件からは、自分は大金をかけた住まいを街中に持つことに価値を置かない、と言い切っています。

「人生訓」もあるのですが、最後の一節が身に沁みます。原文ですが、

「かなむは小さき貝を好む。これ事知れるによりてなり。みさごは荒磯にいる。すなはち人を恐るるがゆえなり。我またかくのごとし。

事を知り、世を知れれば、願はず、わしらず、ただ静かなるを望みとし、憂へ無きを楽しみとす。」

現代語訳

「ヤドカリは身の丈に合った小さな貝を好む。みさごは人を避け、荒磯に住む。私も同じだ。人間社会というのは得体の知れない恐ろしいところだから、出来るだけ遠ざかろうと考えた。

ただ静かに暮らすことだけを望んで、憂いのない生活を楽しみとしている。」

ああ、なんと今の私の信条を表していただいているか、本来ならこういう生き方がこの歳になって理想になっています。

現代のようにモノの溢れる時代に、また人も増え、移動も簡単にできる時代に、こういう生き方は難しいですが、理想は理想です。

年齢的に、このような境地に達するのは、この半世紀に起こった災害を目の当たりにしてきたからです。

そして、今日は3年になろうかというコロナ禍の中、WHOが「新型コロナの終息が視野に入って来た」と宣言しました。

やっと疫病からの出口が見えてきたのでしょうか?

九州はこの三連休に台風の直撃を受けるようです。日本全国も大雨の模様です。

自然災害、地震、疫病といった災難とともに、私たち人間は生きていくしかないことは鴨氏の時代となんら変わっていません。

小さく、慎ましく、それでも日々を楽しむ気持ちを忘れないで暮らし、鴨氏のようにピリオドが打てたら最高だ!と思ったことでした。

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