今日は満開の桜とチューリップに癒されに、近くの市民公園に行ってきました。
犬のお散歩の方やお子さん連れの方が多く、のどかで平和で、幸せを感じました~
精神科医・藤野智哉君の何気ない言葉
始めて精神科医の先生の本を読んだのは、斎藤茂太先生か北杜夫先生だったか??
お2人は確かご兄弟だったような記憶が・・。
たしか若い頃、北杜夫さんの「ドクトルマンボウ」を読んだ記憶はある。
が、すでに内容は丸忘れ。
精神科の先生には、作家になられた方も多いような気がする。
和田秀樹先生は専門の著書が多いようです。息の長い有名な先生ですね。
私が時折のぞくTwitterの藤野智哉先生のいつものツイートには、ハッとし、そして癒されてます。
彼はまだ弱冠30歳、幼少期に川崎病に罹患し、その後遺症として心臓の冠動脈に障害が残ったそうです。
そういうもの心がつくかつかない時期の過酷な経験が、彼を精神科の医師として大きく羽ばたかせる要因だったのでしょう。
我が息子も同じ職業ながら、過酷な父親の喪失という経験もありながら、全く違う「縁の下の力持ち」的仕事についていて、色々ですね。
息子は目立つのが嫌い、我が道を行くという人。
時に、ホウ~っという言葉を言う時もあるが、どちらかというと頭は理系。IT系が向いている。
だから、今の公務員という職業が向いているのだろう。
比べてはいけなないのはわかっているが、一方藤野君(あえて息子より年下、可愛いので許して!)はイケメン、明るいキャラクター。
息子曰く「陽キャ」と「陰キャ」というパソコン上のスラングがあるらしい。
藤野君は陽キャらしい、息子に言わせると。
コミュニケーション上手、相手を思いやり、相手の立場になって考えられなければいけない精神科医にはピッタリ。
そして、Twitterでつぶやく彼の言葉に、「ああ、そうか、そんなに力を抜いて生きてもいいんだ!」と何度思わせられただろうか。
最近のツイートは
「闘病中の人に会い「意外と元気そうじゃん」と思った時は想像して欲しい。 あなたに心配かけないために重い体を引きずって無理やり体裁を整えて来た可能性を。 その前後は疲れ果てて身動きひとつ取れないかもしれません。 他人に疲れを見せられる人ばかりではないですからね(^^)」
これもなるほどと思わせられた。皆、人に会う時は元気そうに装っているのよね。
だから、あの人は元気と思っていても、その後はグッタリしているのかもしれないし。
私だって、リンパ浮腫の合併症の蜂窩織炎(ほうかしきえん)になった時などがそうなんです。
最初の2日間は身動きもできないほど熱が出る。そういう時は外にも当然出ない。
細菌感染だから、1週間は抗生物質・抗菌剤を飲んで安静なんです。弾性ストッキングも履けない。
でも、ゴミ出しや新聞・郵便受けには行かないといけない。
ここは「おひとりさま」の辛いところ。
そういう時に人に会っても、熱が下がっていれば平気な顔で挨拶をします。
そして、家に入るや否や、バッタリと椅子にもたれてしまう。ベッドへ直行も。
そんな私の生活を代弁してくれているような、ありがた~いツイート。
また、数日前は
「あれが出来る、これが出来る、で塗り固めた自己肯定は簡単に崩れ落ちる。 あれも出来ない、これも出来ない。 でもそんな自分で良い。 そう思えるようになりたいですね(^^)」
そう、あれも出来ない、これも出来ない、でもそんな自分で良い、そう思ってもいいのだと教えてくれてます。
未亡人で、がんサバイバー、後遺症あり、1人暮らし だと本当に「あれも出来ない、これも出来ない」ってことが山ほどあるのです。
車の運転も下手で出来ない、重いものが持てない、長い時間スタスタとは歩けない、普通の人と行動時間帯が違い同一行動ができない・・
あげれば、キリがないほど「出来ないこと」ばかり。
だけど、そんな自分でもいいんだよね。確か「今日1日生きてただけでいい」とも言ってくれてたっけ。
息子もそれは同じ。「今日が無事に終われば、もうそれでいいんだよ」とは言ってくれる。
若いのに達観しているなぁと、藤野君と(一緒にしてはいけないけど)息子に驚く時があります。
私は30歳代前半は、まだ息子も産まれたて、一生懸命ガムシャラに力いっぱい生きてました。
そんな時期はみんなあるから仕方ないとしても、その後も一生懸命生きてしまったのです。
ちょっと「生き急いだ」というほうが正しいかもしれません。
若いゆえ、何も知らず、何でもできると思っていました。
30歳代半ばからは、車の運転もし、テニスも楽しみ、フラワーアレンジメントも習い、ガーデニングも一生懸命。
家事も趣味も、子育ても、家の補修や息子のPTAの役員など、キャパを超えることをやってました。
何もそう慌てずに、健康を維持し、シニアになってからでもフラワーアレンジメントはできるし、ガーデニングだって今できたほうがよかったのです。
今やらないといけないことに集中して、後でもできることは後回しにする「心のゆとり」が必要でした。
こんな私に、彼の言葉はことごとく響くのです。
今の日本の状況が、彼らのような「優しい、思いやりのある人」を作っているのでしょうか?
かつては「24時間戦えますか?」というドリンクのキャッチコピーが流行った時代もありました。
そんなことはできません。その代わり、多分、日本の国力は落ちました。
それはそれで、もう仕方ないのかもしれません。
複合的な理由で日本は凋落していってますものね。
だからこそ、彼のような 思いやり に満ちた青年の言葉がうまれてくるのでしょう。
あやうく一生懸命生きるところだった
藤野君のお勧めの本に「あやうく一生懸命生きるところだった」という本があります。
ゲーテの「人生とは速度ではなく方向」という言葉から始まり、速度重視ではない生き方をするお手本のような本。
また、藤野君の本も4冊出ています。
「自分に生まれてよかった」
「いい加減」の処方せん
「あきらめると、うまくいく 」
「コロナうつはぷかぷか思考でゆるゆる鎮める 」
みんな、今のカリカリ、セカセカ、イライラした時間の中に、ゆったり、まったり、自分を労わり、自己肯定しながら生きよう!
というのがコンセプトですね。
いつも一生懸命生きる必要はないんです。もちろん、一生懸命が必要な時もあります。
その時だけ頑張って、後はだら~んとしていても、そんな自分を認めて褒める。
そういう自分を自分で窮地に追い込まないマインドを持つことを、子どもより若い人に教えられました。
こういう発信をしてくださることは、とっても有り難くて、感謝しかありません。ありがとう!
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